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金田家の朝

シュッ、シャー

レールをカーテンが走る。

「起きなさい。朝よ。」

日差しが差し込み急に明るくなった室内。

この言葉とともに今日一日のスタートである。

外では、チュンチュンという鳥のさえずりが聞こえ、朝の慌ただしさを盛り立てている。

肌に伝わるぽかぽか感。屈折したいくつもの光のプリズムが頬に矢のように突き刺さる。

目を開けずとも認識できる群青日和。

「ほらっ。もぉー起きなさいって言ってるでしょ!?何をグズグズしているの。」

布団を剥がしにくる母ちゃん。

すばやく僕は布団を掴みにかかるが、覚醒しきった大人の力には、叶うはずもなくあっさりと剥ぎ取られてしまう始末。

「う・・・ううん。もうちょっと寝かせて。」

急に外気に触れたひんやり感に憂いを感じ、尚も負けじと隣りの弟・和樹に抱きつく。

最後のあがきだ。

「だ〜め!そんな事しても。」

冷静沈着な態度が、言葉を予期していたように一刀両断に切り捨てる。

観念したように僕達は上体を起こしにかかる。

まだ頭の中は夢か現実か判らぬままボーッとしている。

しかし、そう悠長な事も言ってはいられない。この辺で起きないとヤバイのだ。これ以上起床をグズリ続ければ、最後の手段として母ちゃんは僕達の両足を持って、股間に自分の片足を突き刺してゴッゴッゴッゴッと人間ドリルのように狙い撃ちしてくるからだ。

「おなか痛い。」

「はいはい。」

呆れ返ったその言葉には、とうに小手先だけの怠け癖の常套句というのが見抜かれている。

隣りで寝ていた和樹はというと上体をあげてはいるが、目をやわらかく閉じて、スースー小さな寝息を立てている。往生際の悪い奴だ。

髪はボサボサで荒れ狂ったうねりを形作っている。

ライオンのたてがみというよりかは、木の根の彫刻を連想させる仕上がりになっている。

緩慢な動作のまま僕たちは下のキッチンにゾロゾロ下りていくと、テーブルには、牛乳と目玉焼きが、さながら朝の慌しさをまくし立てる様に湯気を出している。

チンッ!

香ばしいパンの焼ける匂いと共にトースターの中の二つのパンが一斉にジャンプする。

母ちゃんは、それを素早く取り上げるとトランプを配るように僕たちの皿に分けていく。

狐色のこんがりとした調度いい焼き上がりだ。

「早く食べちゃってよ。時間ないんだから。」

尚も間髪入れず母ちゃんは、調理場に戻ると父ちゃんの弁当の盛り付けをしながら横目で僕達を急かす。

いつもと変わらぬ平和そのものの朝のワンシーン。

「母ちゃん、今日、何日?」

「あらまぁ、承。あんた今日が何日かわからないの?和樹、お兄ちゃんに教えてあげて。」

「七月十九日さ。」

あっ、そうか。こんな喜ばしい日を忘れるなんて、俺らしくないや。

待望の夏休みが明日から始まるというのに。

おそらく学生なら大半は一年のうちで一番喜ばしい日と言えるだろう。

今日、半日だけ学校へ行き、形式上の終業式とやらを適当にやり過せば、キラキラした眩しい夏が両腕を広げ待っているのである。

百mトラックでいうならば、中間地点でもなく、ゴール地点でもない。

今まさに、スタート地点にいて、クラウチング体勢になり、ピストルの音を今か今かと待ち望んでいる状態なのである。

これほど嬉しくて待ち遠しさを感じる日はない。もしこれが休みの真っ只中だと、ついついあと何日残っているんだろうか?なんて時の経過の早さを憂い、呪いたくなってしまう。が、今は違う。寧ろ逆。まだか!?まだか!?と指折り数えているのである。明日から始まるロングバケーションがお出迎えしてくれるのである。

「明日から、夏休み始まるというのにねぇ〜母ちゃん。兄ちゃんは、嬉しくないんだってさ。」

「ってな訳ねえだろ!?そんな事、言ってねぇーし。馬鹿じゃねえの。お前。」

僕は頭にきて横に座っている和樹に暴言を吐き、睨み返してやった。

「これ、なんて言い方するの?お兄ちゃんなんだから、もっと弟に優しくしなさい。」

叱られた。母ちゃんという強い盾に守られているのをいい事に、和樹は何食わぬ顔でお済まししている。[お前。母ちゃんに何言ってくれてんだよ。あほやろ〜。いったい何なんだよ。こいつは。借金1な。]僕は、そう心の中で呟き牛乳を強引に口に流し込む。

誠にもってけしからん。

いつも僕は、和樹の兄。たったそれだけの理由で損な役回りを引き受けているのだ。

といっても、僕と和樹は年子なだけだ。

僕が、小学六年生で、弟の和樹が小学五年生。

たった一年、僕が早く母ちゃんのお腹から生まれ出てやったがために不幸な星の下に生まれたことになってしまった。

ここ最近、とにかく僕は運が悪い。この前なんか、どっかの馬鹿に自転車のサドルを盗まれてしまった。サドルだぜ。サドル。まあ、ハンドルじゃなくてよかったが・・・

盗まれた経験が無い人には判らないと思うが、サドルが無いと結構、困るんだ。

常に立ち漕ぎしないといけなくなるし、疲れて座ろうとすると浣腸地獄が待ち構えている。非常に運転しづらい。行き交う人にどれ程、奇異な目で見られる事か。押し車引いてる婆ちゃんまでもが、僕を見てケタケタ笑ってる有様だ。普通、サドルなんて盗まれるものなのか?おかしいだろ?それ。どう考えたって納得いかない。つまり犯人はサドルの下をクルクルやって、かっぱらっていったという事か?しかもおいらのだけ・・・一体、盗んだ理由は何なんだ?コレクションしてるという事なのか?あまりのショックのため、僕は一日寝込んでしまった程だ。

頼む。頭下げるから返してくれ。それ程までに僕は、ついてないんだ。

「はあ〜」

思わずため息が漏れてしまう。なんだ?このトースト。味気ないことといったらありゃしない。ついつい関係ないものにまで八つ当たりしてしまう始末。

怒りによって交感神経が優位に働き、味覚を狂わせているのは間違いのない事実であった。

「いってきま〜す。」

「いってらっしゃ〜い。忘れ物ないわね?」

「ないよぉ〜。」

僕たちは、声を揃えて、そういうと元気よく家を飛び出し、隣りの家へと走っていた。

「あゆみぃ〜。」

強弱をつけながらも、気だるく棒読みに発声してみる。

「はーい。」

家の中から女の子の可愛い声がする。

一分もしないうちに、玄関のドアが開き、元気良く出てくる一人の少女。

艶やかな黒い髪。花柄の黄色いワンピースといった可愛い出で立ちでその少女は現れた。

彼女の名は、金子歩美。小学六年生。僕のクラスメートである。クリクリしたつぶらな瞳とシュッと伸びた鼻筋が印象的で、歩く度に馬の鬣のように揺れる長い髪が清潔感と品の良さを漂わせる。クラスでも、彼女の可愛らしさ、綺麗さは上位に位置していて、とても小学六年生には見えない容姿を持っている。それに勉強もよく出来る。片方の手でことが足りる。つまり五本の指から出た事無い成績優秀ぶりだという事だ。そのくせ偉ぶった所など全然感じさせ無く、クラスでもまさにアイドルなのである。

「承君、和樹君おはよ。」

軽く微笑んだ時に見える真っ白な歯が、なんともいえない清潔感があり一瞬、爽涼とした空気を僕達に運び届けてくれる。

「ああ、おはよう。」

負けまいと僕も同じ様にしては見せるのだが、すきっ歯の僕にはそんな芸当は不可能なわけでとても彼女に敵うはずもない。

和樹なんて切歯に虫歯がこびりついていて、お歯黒になっている。生活態度の違いを見せ付けているようで何とも恥ずかしい限りである。ちなみに歯磨きは、ちゃんとしているけど・・・僕たちは口々に挨拶をし終えると、学校に向かい歩を進める。

僕は小脇に抱えてあったサッカーボールを取り出し、得意げにリフティングをしながらの登校である。自分でいうのも何だが趣味はサッカーというだけあって、動きながらのその卓越した技量には他を寄せ付けない絶対の自信があるのだ。手前みそになるが・・・

でもまさかこの僕の蹴っているサッカーボールが事件を巻き起こす引き金になろうとは・・・

思えば、今から起こる事のゲームスタートならぬキックオフになっていたのかもしれない。

「暑くなってきたわね。朝は、ひんやりしていいんだけど、夜になると寝苦しくって。」

歩美から言葉のキャッチボール開始である。

「全く。汗びっしょりだよ。歩美姉ちゃん、クーラーつけてるの?」

和樹が、さも苦そうな顔をして嫌そうに言う。

「ううん。うちクーラーないの。」

「あっ!」

聞いてはいけない事を言ってしまったというように和樹が固まるのがわかる。いつも歩美の家に遊びに行ってるから、わかるじゃないか?

「明日から夏休みの始まりね。」

「うん。」

和樹は急に変わったように気分良く相槌をうつ。

「どこか行くあてでもあるの?和樹君。」

「いやあ〜。行くあてなんてないよ。ない。ない。全くない。」

次は残念そうに応えている。先程の愚問を恥じているみたいだ。全く和樹は起伏の激しい奴である。

「この前、父ちゃんに無理にお願いしてディズ二―ランド連れていって貰ったところだからね。しばらく間置かないと無理っぽい。そうだよね?兄ちゃん?」

「うん?あ・・・ああ」

「承君。聞いてるの?」

「いや多分聞いてないよ。いいよ。いいよ。放っといて。兄ちゃんは三度のめしよりサッカーが好きなんだから。」

聞こえてるさ。僕はリフティングをしながらも、二人の会話を聞いている。

この二人の会話を聞く限り何ら問題のない普通の会話をしていると思うかもしれない。

何も変わった事が最近、起きていなかったらそう思ってもいい。でも、そうではない。実は歩美は母子家庭なのである。以前、ここに引っ越してくる前は両親と二人姉妹の四人家族であった。しかし今から三年前、漁師だった歩美の父親は、沖に出たまま帰らぬ人となってしまったのである。当事、見つかった時には船が炎上、爆破していたという。聞いた話だが・・・

歩美の母親の望、姉の敦子、歩美もこれにはかなりショックを受けた。

無理も無いとはいえ、あの明るい歩美ですら憔悴してしまって塞ぎ込んでしまった様だ。

当時、歩美の母親の両親つまり僕の母ちゃんの両親でもあるが、すでに何年か前に立て続けに死んでいたし、歩美一家は、この先どうするというあてもなかったのである。唯一の身内といえば、姉である僕の母ちゃんしかいなかった。

「身寄りもない中で、母子三人が生きていく事は大変だ。自分達の近くに住んでみたらどうか?そうすれば、何かあった時、自分達が助けてあげることが出来る。」

という父ちゃんの提案に歩美一家は甘える形となった。

何と気転の効く父ちゃんのお言葉。さすがである。

結局、歩美一家は僕んちから目と鼻の先のところに居を構えた。つまり僕の家の隣りに引っ越ししてきたという訳だ。お判りだと思うが、いわゆる僕たちと歩美は、いとこ。父ちゃんの言葉のおかげで、こんな可愛いいとこと毎日、学校に一緒に行ける事が可能になったのだ。それからというもの歩美の母親は女手一つで二人の子供、姉の敦子と歩美を育ててきていた。これからも頑張って育てていくはずだった。

ところがだ。不運というものは続くもの・・・容赦なく歩美の家族を襲った。

ちょうど十日前、姉の敦子は、電車に跳ね飛ばされてしまったのである。現場は、遮断機のない目視するだけの所で、遺書もない点、当事、周辺は大量の雨が降っていた点から、事故の線が強いとされた。結局の所、踏み切りの警告音無視による事故死とされ片付けられてしまったのである。

そういうわけで、金銭的にも歩美のところは苦しいし、今は立て込んでいる最中なのである。姉の突然の死で喪が明けきれない状態なのに歩美が、この夏休み中に、旅行に行ける訳がない。よく考えなくたって、わかりそうなものだ。そういう状況にもかかわらず最近になってようやく歩美は元気になった所なのである。さぞや気持ちの整理がつくまで辛かった事だろう。僕たちも、歩美の努めて明るく振舞おうとするそういう気持ちが判るだけに胸が痛いのだ。

あっ。思い出した。和樹には、朝からの借金が一つあったのだ。

「兄ちゃんなんかさぁ。今朝、母ちゃんに何日だっけ?なんて聞いちゃったりしてさ。明日から夏休みだってこと全然知らないみたいな言い方しちゃって・・・」

ボコッ

「うっ・・・」

さっきまで空中と僕の足を行き来して、まるでけん玉の玉のように上下運動していたサッカーボールが急に方向をかえ、和樹の横っ腹にくらいついた瞬間、和樹は、うめき声とともにその場にうずくまってしまった。

「な、な、何をするのさ〜。」

弱弱しい声を振り絞りながら涙目で訴えかける。

「お前、歩美にまで何言ってくれてんだよ。馬鹿じゃねえの?お前みたいな変な奴、もう知らねえ。」

そう言うなり僕は和樹を尻目にリフティングを再開。学校へと歩を進めていた。

全校集会の為、僕たちは体育館で延々と長い校長先生の話を聞いたあと、教室に戻ってきていた。朝からの拷問は流石にきつい。[でも、いいや。学校は今日までなんだし。]

二,三人が脳貧血で保健室に運ばれる中、尚も校長先生の話は続き、サバイバルゲームさながらの様相を呈していた。

生き残った者だけが教室へ行くことが出来るという恩恵を預かった。

「みんな良く聞いて。」

教室へ戻り、席につくなり担任の野田先生の声が飛び込んできた。今日も、ワンピースをかわいく着こなし、年をごまかそうとしている。

「何?先生。言いたいことがあるのなら、短めにね?もう俺たち校長の長い話にクタクタに疲れているんだから。」

クラス一おしゃべりな福地が先生に噛み付いた。ひと仕事し終えたような言い方だ。男の癖に奴といったら口数が多い。その類まれなる口数の多さから僕たちは、スピッツと呼んでいる。犬の中でも、スピッツ犬が一番うるさく、きゃんきゃん吠え立てるからだ。

こういう時の福地は、僕たちの気持ちをダイレクトに伝えてくれて大変助かるので有難い。

でもその反面、時たま、話が福地によって脱線するばかりか、先生とのやりとりが、漫才に転向してクラスをかき乱しにかかるのである。そんな時の福地は、誠にうるさいこと限りないし、ここだけの話、目障りでしょうがない。それにしても先生に注文をつけるなんて一体こいつといったら何様なんだろう・・・?

「わかったわ。福地君がそういうのなら短か目に話してあげる。

え〜〜ところで、みんな明日から夏休みが始まるわよね。どこかに行くという計画がある人。手をあげて。ん〜半分くらいかな・・・

いや勘違いしないでね。みんなに挙手してもらったのも、旅行する人がいいと言っているわけじゃないの。まあ確かに旅行をするといろいろな刺激を受ける分、勉強になる要素は多分にあるけどね。でも中には、せっかく旅行行っても自分の周りの保護者に囲まれて日ごろの風景とは違う環境に身を置いているだけの人もいる。

旅行に行く行かないにかかわらず、もっといろんなものと接して自分を磨いて欲しいの。」

「結局なんだ?先生が言いたいことは、誘拐されてもいいから色んな人と接触しろってことを言ってるのか?」

僕の後ろの席に座っている村山が、不満げに僕に聞こえるように声をかける。

「そんなこと言ってるんじゃないと思うわよ。何でそこまで飛躍するのよ?あなたは、人と仮定するからそうなるのよ。」

僕の右隣りに座っている歩美が後ろを振り返り村山に言っている。

「だってそうだろ?普通は、そう連想するじゃないのか?」

「先生の言ってるのは、自分にとって刺激を受けるものに接しろって言ってるのよ。それは人であったり、感動させてくれるようなものであったり。旅行したり、人と会ったりすることは私達に刺激を与えてくれるきっかけになるけれども、それをうまく使うことをしなかったら、台無しになるわよって言ってるのよ。」

「え〜そうなのか?どうなんだよ。承は?どう考えてんだよ?」

村山は、まだ納得いかないという感じで僕にふってみせる。

「ど〜だかなぁ〜わかんねえ〜。」

「そこ、承君。さっきからうるさいわよ。」

「うるせえぞ。さっきから、このリフティング野郎。いつも色んな所でアホみたいにリフティングばかりしくさってからに・・・」

福地が、ここぞとばかりに先生の言葉に便乗して僕をけなす。

クラス全体が、福地の一言で一瞬にして笑いの渦となった。

ちょっと待ってくれよ。言っとくが、今、僕は全然しゃべっていなかったんですけど・・・

横と後ろを見ると歩美と村山が僕に向かい、無言のまま、合掌している。あのスピッツの野郎。許さねえ。よ〜し反論してやろう。僕は抗議する為、息を思い切り吸い込んで・・・

「いいわね。大いに行動してちょうだい。海に行くのも結構。川に行くのも結構。うちの中でゴソゴソゲームばかりしてないで、外に出て体力をつけて頂戴。ただし、事故には、くれぐれも遭わないように気をつけるのよ。大いに遊び、大いに学べ。それに勉強することも忘れないように。休み明け、自分はどういったことに夢中になったか?先生に話して頂戴。あなた達は、ブロイラーの中で、ほそぼそと育てられている鶏じゃあないのよ。わかったわね?返事は?」

「は〜い」

「はい、じゃあこれで終わります。」

「起立、礼。」

「ありがとうございましたぁ〜〜」

僕は先生の言葉に遮られ福地に反論出来なかったことが、何とも歯がゆかった。

今、福地の所に行き、反論したらそれまでなのだが、やっぱり授業中に売られた喧嘩は授業中に返したいものである。江戸の仇を長崎で討ちたくはない。

僕は、肩透かしを食らわされた挙句、苦虫を噛み潰す形になった事に、おのずと奥歯に力が入っていた。そりゃ僕はサッカーが大好き。あとよくやっていることはキャッチボールで戯れることしか知らない人間だ。それだから異常なまでにボールに対する強い執念を持っている。先生の言うように家でゲームばっかりやっているオタクとは一緒にされたくないし、敢えてそういったものに進んでやろうとも思わない。また文明の力にあやかって今では家でも外でもみんなDSとかいう携帯ゲームで遊んでたりする。つい先日母ちゃんが、携帯ゲームのことを話してきたが、すかさず関心無いと断っておいた。やはり僕にとってしっくりくる遊びのスタイルは、外で遊ぶ事。ボールで遊ぶ事なのである。

僕と和樹は、今のデジタル世代の現代っ子にとっては珍しいアナログキッズなのである。

何も、スピッツの野郎にあそこまで非難される覚えもないし、ましてや余計な干渉もされたかぁない。

「あ〜ちくしょ〜むかつく〜」

そんな憤りの感情が僕を支配していた矢先の出来事である。

「兄ちゃん、歩美姉ちゃん、ちょっと。ちょっと。」

ふと見ると、和樹が廊下から僕たちに向かい、こっちに来るように合図している。

「ん?何だ?」

「いいから早く。」

僕たちは和樹に呼ばれるまま、廊下にいる和樹の元まで歩いていった。

「何でも学校に不審者が現れたらしいよ。こっちに来て。」

「不審者?」

「早く。こっちに来て。」

僕たちは、和樹に誘導されるがままついていく。

「何処なんだ?」

「何処?」

「こっち。こっち。早く。早く。」

和樹は、慌てて僕たちを急き立てながら案内しようとしている。

「勝手に学校に侵入しようとしたらしいよ。」

和樹は僕たちにそう言うと、尚も早くするように行動を促す。

廊下を右に折れ、第一棟と第二棟の渡り廊下に出てみると生徒の黒山の人だかりが出来ている。僕たちは人を掻き分けて中に入った。すぐさま飛び込んできたのが校長の声だった。

「早くここから、出て行きなさい。」

校長が、諭すように静かに言った。

校長の言った先をみると、一人の男が、二,三人の先生に取り押さえられていた。

「違うんだ。そうじゃないんだ。」

男は弱弱しく言っている。誤解だと言わんばかりの形相になっている。おろおろして困っているのが見ていて伺い知れる。

「何が違う。許可も得ず勝手にここに侵入しようとしただろうが・・・」

男を背後で押さえている体育の稲垣が男に向かい語気を荒げている。

「校長先生。警察に電話しましょう。」

稲垣が校長の方へ顔を向け促している。

「ちょっと。待ってくれ。私の話を聞いてくれ。悪気はなかったんだ。本当だ。」

それを聞いていた男は、自分の無実を分かってもらおうと間髪入れず言い放った。

「うるさい。だまれ。」

そう言うと稲垣が男に向かい大声で叱りながら締め上げている男の腕を、さらに強く締め上げる。

「痛てて。」

男がたまらずに、悲鳴をあげる。

「お願いだ。私の話を聞いてくれ。そうすれば、ここにこうしている事情が分かって貰えると思う。」

「勝手に侵入しておきながら、事情をわかってくれだぁ〜?ふざけるのもいい加減にしろ。校門に関係者以外の立ち入りを禁ずと書いてあったのが、見えなかったのか?」

「見えたさ。ちゃんと見えた。」

「じゃあ何でここに侵入した?まさか適当な理由をつけて自分には関係なかったとシラを切るつもりじゃあないだろうな?」

「違う。そんなことしない。」

「じゃあ、何だ。」

「ここでは、話せない。子供達もいるし。」

「ふざけるんじゃない。」

体勢を入れ替え、稲垣は尚も強く男を締め上げた。

「痛てて。痛てて。」

男の顔は周りの人間に押さえつけられて失血による血色不良を引き起こしている。

「お願いだ。校長先生。私は、何か悪いことをしようとしてここに入ったわけじゃない。私のいうことを信じてほしい。お願いだ。たのむ。」

気絶しそうなほど押さえつけられているにも拘わらず、男は尚も自分の無実を解ってもらおうと必死に校長に懇願し続けている。

「まあ。落ち着きなさい。稲垣先生。この人がこう言っているんだ。事情というものがあるかもしれない。とりあえず、別の部屋でこの人のいう事情とやらを聞いてみましょう。」

「わ、わかりました。校長。」

稲垣の顔には、納得がいかないといったような不満が顔に表れていたが、校長の鶴の一声で家来にでもなったかのように大人しく従っていた。

男は、数人の先生に周りを取り囲まれ、部屋へと連れていかれる事となった。

皆一様に犯罪人を取り扱う様相を呈してはいるがシャナリシャナリと皆を引き連れて歩く姿はまるで仰々しい大名行列を連想させるものであった。

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